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    第7話 確かなこと

     

    コツ…

    足音がして、誰かが出て来た。

    「徳森さん…」
    後ろには他の3人も居た。

    「廊下歩いてたら…あいつらがびしょ濡れになって走ってた」
    那津希は俯きながら話し始めた。
    「本当に、勝っちゃったのね…」
    その目は、悲しさとも寂しさともつかぬ複雑な色をしていた。
    「もう…良い。もう、やめるから…」
    たどたどしく呟く。
    「あたし…級長降りる」
    「!」
    それだけ言うと、那津希は校舎に戻っていった。莉奈達もそれに続いた。


    ***


    昼休みの事件が教師達にバレることは無かった。午後の授業は、全く持って普通に行われた。
    ただ、那津希達4人がごっそり居なくなっていた。



    「咲夜ちゃん」
    「ん?」
    薄暗い帰り道を、2人で歩く。
    「徳森さん達…どうしたんだろうね」
    「…知らねー…心配なのか?」
    「いやっ、別に、そういう訳じゃないんだけど…」
    少なからず気にかかっているのは事実である。
    「ほっときゃ良いよ…ただ授業受ける気なくて帰っただけだろ」
    「うん……。
    徳森さん、級長降りるって言ってたよね。もう、イジメとか…なくなるかな?」
    「…私には断言出来ないけど…あいつも、そこまでバカじゃねーだろ…。クラスメートがあんだけ信用してないんだ、無理矢理でも級長は降ろされるだろ。級長でもないのにイジメが再開したら、今度は徳森が皆の敵になる」
    「そっか…皆、徳森さんのこと、本当はよく思ってなかったんだもんね…」
    咲音がそう言うと、咲夜が顔を覗き込んできた。

    「… どしたの?」
    「お前、何考えてるんだ?」
    「へ…?」
    「あいつが可哀想…って言ってるように見えるぞ」
    「そ、そうじゃなくて、ただ…」
    「ただ…?」
    「これで、良かったのかなって…」
    「………」
    「なんか…今度は皆が徳森さんをイジメそうで…」
    「…そうだな。私もそうなるのは不快だ。でも、お前が心配することじゃない」
    「ん…」
    「そんなに考えなくても、明日になればわかることだ」
    「…そ、だね」


    ――私達は、徹底的に徳森さんを陥れるために頑張ってた訳じゃない。
    もうあんなこと、二度と繰り返したくない…。

    「結局、級長制度をなくすことは出来なかったね…」
    「あぁ…でも、何かが動き出すよ、きっと」
    「あ…新しい級長決めなきゃいけなくなるよね?咲夜ちゃんがなればいいじゃん!そしたら――」
    「私はやらない」
    「え…」
    「そんなの私に出来る訳ねーだろ」
    「そうかな…」
    「好きじゃないんだよ」

    ――残念。
    …まぁ、なるようになるかな。


    ***


    あれから那津希達はすぐに学校を出た。教室に居たくなくて帰ることにしたのだ。
    「那津希…どうすんの?」
    莉奈が聞いた。
    那津希がものすごく速く歩いていくので、莉奈達も頑張って歩いた。
    「どうするって…何が」
    「だから、これから。級長のこととか…」
    「降りるって言ったでしょ!」
    那津希の言葉に、3人はビクッとした。
    「3分の2どころか、全員よ。あたしに従う人なんか1人も居ない」
    「でも…」
    「あんた達も、もうついて来なくて良い。今までごめん、無理矢理言うこと聞かせたりして」
    「那津希!」
    「何…」
    莉奈が呼んだので、那津希は立ち止まって振り返った。
    「謝んないでよ…無理矢理なんかじゃ無い、あたしは自分の意志で那津希について来たんだから!」
    「…あたしも」
    「あたしも!」
    カナ、茜もそれに続く。
    「……」
    「皆がどう思ったって、あたし達は那津希の味方だから」
    莉奈が言うと、残りの2人も頷いた。
    「莉奈…カナ…茜…」
    那津希は3人の顔を順に見回した。

    「……ありがと」

    3人はニッコリと微笑んだ。



    次の日、咲音は心配していたが4人共学校に来た。
    やはり誰も近付こうとはしない。皆気付かない振りをしている。
    しかし……

    「那津希。あんた、自分がしたことちゃんとわかってるよね」
    まだ怒りが拭えない実姫が那津希の机に手をついて言った。
    那津希は少し笑うと、
    「実姫も随分言うようになったのね」
    と言った。
    「はぁ?何…」
    「ごめん。あたしが全部悪かったよ」
    「!」

    「お前ホントに反省してんのかよ!?」
    「そうだよ!」
    「もっと腹の底から謝れよ!」
    クラスメートから罵声が飛ぶ。
    那津希が怖くなくなった今、抑えていたものが吹き飛んだのだろう。

    「………」
    ――違う、私が望んでるのは、こんなことじゃない…
    咲音はその様子を見ていられなかった。

    「もう止めて!!」
    全員が反応する。
    「もう、いいの。
    私は大丈夫だから…

    もう、おんなじこと繰り返すのは、嫌だ…」

    ――誰も、仲間外れにされないように。
    皆が、誰かを恨むことがないように。


    「…………」
    教室が静まり返る。

    「…わかった」
    最初に口を開いたのは実姫。
    「もう、争いごとは無しにしようか」
    クラスの皆も、納得したようだった。
    咲音はほっとして微笑んだ。


    「…なんで」
    そう言ったのは那津希だった。
    「え?」
    「なんで、許せるの?あんた、あたしのこと恨んでるでしょ?嫌いでしょ?なんで、そんな風に笑えるのよ…!」
    問い質しても、咲音は優しく微笑むばかりだった。

    ――なんで…

    「許すのに理由なんかいらねーだろ」
    「!」
    席についていた咲夜が頬杖をつきながら言った。
    「お前が間違いを認められたら、それでいい。
    これからまた、新しく生き直せばいい」
    「……」
    那津希は驚いていたが、すぐに泣きそうな表情になった。
    「うん……」
    咲夜はふっと笑った。
    「わかったら、皆に謝れよ」
    「え あ…
    うん」

    那津希は皆に向き直る。
    「…今まで、本当に自分のことしか考えてなかった…他人の気持ちなんか二の次で、自分のやりたい放題にやって…。
    それが、間違ってるって、やっとわかった。自分バカだったって思う…。
    本当に……ごめんなさい」


    皆が那津希を受け止められるまで、時間はかかるだろう。
    でもきっと、もう大丈夫。
    彼女は、太陽に向かって歩き始めたのだ。太陽に照らされて、いつか、輝けるようにと――…

     


     

         

     

     

     
     

     

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