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    第10話 F組撫子

     

    「どうだった!?級長会!!」
    次の日、亜弥加達に感想を聞かれた。
    「どうって…なんか…」
    「何々!?」
    「辞めたい…ものすごく…」
    ズゥ〜ンと沈む咲音。
    「奴らに何かされたのか?」
    「天馬君に何か言われませんでしたか!?」
    咲夜と裕子が心配そうに聞く。
    「いや、別に…」
    そういえばこれと言って何かされた訳ではない。
    「皆すごく個性的な人達で…まだ怖いし。なんか、あの中でやっていけない気がする…」
    「諦めちゃダメだよー、あんた、皆の期待背負ってんだからね?」
    「もう知らない…――あ、咲夜ちゃん、なんかあの人達…ただ徳森さんの命令に従ってただけで、私達にもう恨みはないんだって」
    「ふーん」
    咲夜は興味なさげに言った。咲夜にとってはどうでもいいことなのだろう。

    「ねぇ裕子、F組の級長って知ってる?なんかすごく強い人みたいなんだけど」
    あの級長達が力ずくでもかなわないということは、相当な強者だろう。
    だが、裕子からは予想外な返答が来た。
    「強い…んでしょうか?でも、F組は一番平和なクラスで有名なんですよ?」
    「えっ」

    「はい。多分級長さんが上手くやってるんですよ。何故かクラスの人は誰が級長か知らないみたいなんですが…」
    「へぇ、そうなんだ…」
    「級長会で会わなかったんですか?」
    「うん、なんかよくサボってるんだって」

    ――謎の級長か…
    気になるな。


    ***


    ある日、昼休みにA組とB組の級長がC組を訪ねて来た。つまり天馬と志賀崎だ。
    「咲音ちゃ〜ん」
    二人はずかずかと教室に入ってくる。
    「げ…」
    その時、クラスから歓声が湧いた。

    「やばっ!天馬君と志賀崎君じゃん!超カッコイい〜」
    「二人並んでるし!ちょ、あたし写メ撮りたいんだけど」
    「あんた殺されるよ?」
    女子からはキャーッという声が絶えない。

    「…すっげー!」
    「うちのクラスに来るなんて珍しいよな?」
    男子からも驚嘆の声が上がる。イケメン+運動神経の良い彼らは男子達の憧れなのだろう。

    「す、凄い…」
    咲音はあまりの人気の凄さに驚きを通り越して呆けた。
    天馬は無視しているが、志賀崎は女の子達に手を振りながらこちらに向かって来る。

    「言っただろ?女子にも男子にも人気あるってな」
    志賀崎がニッと笑って言った。自分で言う辺りがイラッとくる。
    「あの、何の用ですか…?」

    「まァ、平たく言えば“依頼”」
    天馬が言った。
    「依頼?」
    「時々来るんだよ、数少ない級長のシゴト」
    「はぁ…で、内容は…?」
    何か嫌な予感がする。

    「今度の土曜日、暴動が起こるらしい」
    天馬がニヤリと笑う。
    「…は?」
    「それを鎮圧すんのが、俺達の役目だよ」
    「そ、そんな怖いこと…」
    「怖かねーよ。ガキだガキ」
    志賀崎が言う。
    「え…?」
    「調子乗ってイカれた中学生が学校同士で喧嘩すんだってよ。楽しそうなことやるよなぁ、俺も参加したいぜ」
    な、なんと恐ろしいことを…
    「多分、うちの高校に来る奴も多いからね…今のうちに潰しとくってワケ」
    天馬が腕を振るった。
    「そんな理由で!?」
    「でも、暴動を止めるのは悪いことじゃねェだろ?ど?咲音チャンも来る?」
    「んなっ…行く訳無いでしょ!!」
    「ま、そう言うと思ってたけど。どうすんの?映時」
    「残念だなぁ。あのめんどくさがりのF組の級長さんも行くっつってたのに」
    「えっ…」
    ――確かに、会ってみたいけど…

    「お前らアホか。そんな危ない所に咲音を連れて行こうとするな」

    咲夜が割って入った。
    「大丈夫だよ、俺達が守るからさ」
    「そういう問題じゃねぇだろ」
    咲夜は志賀崎を睨む。咲夜はまだ志賀崎を憎んでいた。
    「これも経験のうちだ。仮にも級長だしね」

    「でも、私が行って何か意味あるの…?」
    「んー…」
    天馬は少し考えた後、

    「面白そうだから?」

    そう言った。

    自分のこと!?
    「確かに、面白そうだよな」
    志賀崎までが笑ってそう言う。
    ――あ、有り得ない…
    でも、私が行かなきゃこの人達何するか分かんないし…

    「…分かった。行くよ」
    「「マジ!?」」
    二人の声が重なる。
    「咲音…っ」
    「咲夜ちゃん、もし私が少しでもケガしたら、この人達いくらでも殴って良いから」
    「………」
    男達は苦笑した。

    待ち合わせ場所を告げ、二人はそれぞれの教室へ帰っていった。

    「咲音…本当に行くのか?」
    「ごめんね…危なくなったらすぐ逃げるから」
    「あのな、不良中学生ってのはそこらのグレた高校生よりよっぽどヤバいんだ。何するか分からない」
    咲夜は心配が拭えないようだ。あの志賀崎の言うことなど信じられないのだろう。

    「大丈夫」
    咲音はニッコリと微笑んだ。
    「咲音…
    …無茶すんなよ」
    「うん」

    「咲音、あんた凄いよ!皆言ってる、あの子級長達と普通に話してるって。さすが級長だって」
    亜弥加が言った。
    「そ、そんなに凄いかな…?」
    「皆怖くて近付けないくらいなんですよ?」
    「あんなに人気あるのに?」
    「かっこいいけど怖いんですよ!」
    どうやら人気はあるが怖がられているというよく分からないポジションらしい。
    「皆、何も知らないんですよ…」
    裕子が天馬の後ろ姿を睨み付けながら言った。
    ――やっぱりこの二人、絶対何かあるよね…


    ***


    天馬達に誘われたのは火曜日だったので、あと4日だ。

    次の日の水曜日…

    朝、亜弥加と一緒に廊下を歩いている時だった。
    「咲音、あんた級長の誰かとくっつきそうだよね。良いなぁ皆超カッコイいしさっ!」
    「何言ってんの、いくらかっこ良くても性格があれじゃ…」
    「でも志賀崎君は女の子に優しいって聞いたよ?」
    「そうやって皆彼に騙されていくのね…」
    咲音は盛大な溜め息をついた。

    「姫乃(ヒメノ)さん、荷物持ちましょうか?」
    ん?

    「大丈夫だ。気を使わなくて良い」
    一人の男子生徒が、美人女子生徒に声を掛けていた。女子の方は長い黒髪を二つに分けて三つ編みをしており、やけに古めかしい喋り方をしている。

    「あ…」
    彼女が鞄から何かを落とした。ハンカチのようだ。咲音はそれを拾って彼女を追いかけた。
    「あの、これ落としましたよ?」
    「ん?あぁ、ありがとう…」
    彼女は振り返ると微笑んだ。本当に綺麗な人だ。
    すると、ふいに彼女が咲音を見つめた。
    「?」
    「お前は…有栖川咲音か?」
    「え?そうですけど…何か?」
    「…いや、何でもない。感謝する」
    彼女は去っていこうとした。

    ――誰なんだろう?
    すごく大人っぽいし…

    「あの、先輩ですか?」
    咲音は彼女に聞いてみた。

    「何を言っている?」

    振り返りながらそう言った。

    え…

    「私は2年F組の生徒。南戸(ミナミド)姫乃だ」

    姫乃は宜しく、と言って微笑んだ。

    彼女が去っていった後も、咲音はポーっとして眺めていた。
    「…すごく素敵な人だったね…」
    「てか咲音、あの人のこと知らなかったの?」
    「え、うん…」

    「南戸姫乃っつったら有名よ。昔からある名家の娘らしいし、礼儀あるし超美人だし清楚だし、しかも喋り方が古風だから正に大和撫子って感じなのよ」
    「へー…」
    「クラスでも人気らしいよ?」
    「みたいだね」


    ***


    「お、咲音ちゃん」
    放課後廊下の掃除をしていると、志賀崎がやって来た。
    「志賀崎君…」
    「明後日の放課後、作戦会議するってさ。3時半に会議室な」
    「うん、分かった…」
    あまり乗り気はしないが、行くしかない。
    咲音は溜め息をついた。

    ――中学生と級長だったら…確実に級長の方が強いはず。皆がやりすぎないように、私が止めなきゃ…。もしかしたらこっちが悪者になっちゃうかもしれないし。


    ***


    そして、作戦会議の日。

    「失礼しまーす…」
    咲音は会議室の扉を開けた。既に全員勢ぞろいしている。皆、来るの早いなぁ…。
    「やぁ、咲音チャン」
    「オッス」

    「あ!」
    F組の席にも生徒が座っていた。F組の級長さん…!
    腰の高さほどもある長い黒髪、目を奪われるほどの美顔…
    F組の級長さんって、女の人だったんだ――!
    咲音はそのことに嬉しさを隠せなかった。
    ――あれ?この人どこかで――…

    見たことがあるような気がしたが、気のせいかと思った。

    「あの、初めまして。私、C組の有栖川咲音と言います。宜しくお願いします」
    咲音が挨拶をすると、彼女が少しこちらを見つめた。

    「…
    何を言っている?」

    あ…

    「お前には挨拶したはずだ。

    私は南戸姫乃。F組の級長だ」

    「み…南戸さん!?」
    「…そんなに驚くな」
    だ、だって全然違う…髪も結んでないし、制服結構着くずしてるし。
    でも、綺麗なのは同じかも…

    皆が雑談を始めると、志賀崎がこそっと聞いた。
    「咲音ちゃん、姫乃ちゃんと知り合いなの?」
    「あ、うん。この前廊下で…
    でも、何でこんなに…?」
    「普段とは全然違うだろ?でも、逆だ」
    遠海が説明する。
    「?」
    「あいつはこっちが普通なんだよ。三つ編みのは学校に居る時だけだ。級長会以外でな」
    「えっ…」
    「あの子、大人しそうだけど、実はかなーり強いんだよ。ぶっちゃけ、戒も姫乃ちゃんにはかなわない」
    志賀崎が天馬に聞こえないように言った。
    「嘘っ」
    「あいつは、昔からある名家の出身だ。しかも、この辺りの不良グループの幹部もやってるしな」
    咲音が驚嘆の声を上げると、遠海が静かにしろ、と舌打ちした。

    「そこまで道は外れていないつもりだ」

    「!」

    ――聞こえてたんだ…!

    遠海が再び舌打ちした。

    「道を外れすぎる者が、少しは居る…それを止めるのが、私の役目だと思っている」

    ……!…
    い、良い人だ…!

    「姫乃ちゃん、クラスの奴らには自分が級長だってこと、秘密にしてんだ。クラスメートに知られて、怖がられるのが嫌なんだって」

    「…私…
    姫乃さん、好きです」
    「え…咲音ちゃん、あぁいうのがタイプなの!?」
    「な、何言ってんですかっ!」

    「………」
    天馬は隣の3人の様子を眺めながら、不快な表情をしていた。

    「姫乃さんが居れば、私行かなくても大丈夫――」
    「ダメ。級長全員が行くのに、咲音チャンだけ行かないつもり?」
    「…行きます…」
    ――やっぱり天馬君は怖い…。


    それからしばらく作戦を話し合って、会議は終わった。

    皆が出て行った後、姫乃は髪を結び直していた。天馬もその場に居た。
    「…咲音チャン、君のこと気に入ったみたいだね」
    「そうか…それは喜ばしいことだ」

    「そうやって愛想振り撒いて…何か楽しい?」
    「愛想…?そんなつもりは無いが」

    「どうせ、『クラスの皆が幸せならそれでいい』とか思ってんだろ。そんな甘い考えで、よくそこまで上り詰めたね。家柄のおかげ?」
    「口を慎め、天馬」
    姫乃は天馬を睨み付けた。
    「お前は、自分のクラスメートのことを、考えたことがあるのか…?級長になって、自分が最強にでもなったつもりか」
    「君こそ言葉を選んだ方が良いよ、姫乃チャン」
    「気安く名前で呼ぶな」
    「映時もそう呼んでたと思うけど?」
    「お前に呼ばれるのは不快だ」

    天馬は口の端を歪めた。

    「…君なんか、大嫌いだよ」
    「私も嫌いだ」

    天馬は軽く舌打ちをすると、部屋を出て行った。

    「ガキが……」

    ――自分が楽しければ、他はどうでも良いと思っているのだな…

     


     

         

     

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