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    第4話 夕空ノ後ノ月

     

    昼休みが終わり教室に戻ると、クラスの雰囲気が午前中よりもさらに悪化した。
    咲夜は軽く舌打ちを漏らす。
    「あいつら…バラ巻きやがったな」
    「え?」
    こそこそと、クラスメートの話し声が聞こえてきた。

    「肩掴まれただけで殴ったんだって。めっちゃ怖くない?」
    「ほんとに女子…?有り得ないんだけど」
    「あのお嬢アリスも、皆の前で良い子ぶってただけなんだって。本当は逆らえないんじゃんねぇ…」
    酷い言われようだ。しかし、反論出来ないように上手く話を振り撒いている。

    「…うるっさいな」

    そこで口を開いたのは、亜弥加だった。
    「あたし、そうやって影でネチネチ言うの、嫌いだよ。しかも全部聞こえてんのよ」
    「そりゃあ…」
    「聞こえるように言ってんだし」
    女子達はクスクスッと笑った。
    「……っ…」
    そこで、先生が入って来た。

    先ほどの生徒達は、つい最近まで亜弥加の友人だった。周りと打ち解けるのが得意な亜弥加は、新学期が始まってすぐに新しい友達がたくさん出来ていた。
    でも…
    自分のせいで亜弥加まで巻き込んでしまったことが、咲音は辛くてどうしようもなかった。

    夜、咲音は枕を抱えてベッドに座り込む。
    「…………」
    今の状況じゃ、きっと何を言い返しても無駄…
    咲音は、この最悪な展開を打破する策を見いだせなかった。

    あの人達が全部悪いって思ってたけど、本当は違うのかな…。やっぱり、暴力はダメ、かな…。自分の身を守るためでも?でも、何があっても暴力はふるっちゃダメだって教わった気がする…うーん…。
    …私も、あの状況じゃああ言われてもしょうがない、か…。
    教室では止めたくせに、6人に囲まれたら何にも言えないんだもんね。情けないな…。

    咲音は一人、苦笑した。考えれば考える程、自分に自信を持てなくなってしまう。
    このまま良い子ぶりっ子と言われ続けて、皆に嫌われていくしかないのか…

    いつの間にか、頬を涙が伝っていた。

    自分の無力さに対する失望、どうしようもない絶望、亜弥加への罪悪感…
    全てが咲音を取り巻き、底へ底へと引きずり込んでいくように。

    でも、咲音は闇に飲み込まれたくなかった。もがきたかった。ただ、その方法が見つからなかったのだ。

    その時、一つの答えが浮かんだ。


    ***


    「謝ろうよ!!」

    「「は?」」

    昼休み、昨日と同じように三人はテラスの隅に座り、弁当を食べていた。
    咲夜と亜弥加は唖然として次の言葉を待つ。

    「ほら、咲夜ちゃんは徳森さん達に暴力ふるったこと、私は皆の前ででしゃばったことを謝るの!」
    「「却下」」
    ガーン。

    「で、でもちゃんと謝れば徳森さんも分かってくれるんじゃ…」
    「謝ったって下に敷かれるだけだ。さらにバカにされるぞ。逆効果だ」
    「そーだよ!悪いのは那津希達なんだから」
    二人揃って猛反対だ。

    「でもさ、徳森さん達は咲夜ちゃんのノートに落書きしたり、謝らせようとしただけだし――」
    「あんた那津希に味方する気?」
    亜弥加が少しムッとして言う。
    「いや、そういう訳じゃ無いけど…」

    やっぱりダメ、かな…。やっと導き出した答えだったのに。

    「じゃあ、どうすれば良いの?」
    咲音は亜弥加に聞き返す。

    「うーん…こっちも少しは間違いを認めても良いけど、あっちにも間違いを認めさせんのよ」
    「どうやって?」
    「そーね…『あんたは級長の権利を乱用してる』って言っても、上手く言い訳されそうだし…」
    「だったら級長の権利を奪うしかねーだろ」

    咲夜が口を挟んだ。

    ――そ、そう来ますか…

    「権利を奪うか…良いねそれ!でもどうやんの?」
    亜弥加がノった。
    「簡単だ。級長ってのは、誰も逆らうことが出来ない奴がなるんだろ?だったら、皆が徳森に逆らえばいいんだ。立場を逆転させるんだ」
    「確かに、そうすれば級長じゃいられなくなるだろうけど…」
    亜弥加が溜め息をつく。
    「問題は、どうやって皆を味方につけるか、だよね…」

    今、クラスメートに咲音達と那津希達、どちら側につくかと聞いたら、迷わず全員那津希と答えるだろう。咲音達に味方して級長を敵に回そうとする生徒など居ない。

    「…話してみなきゃ始まんないよ。皆、徳森さんの前だと私達に近付けないだけかもしれないし…
    私、話 してくる!」
    咲音は立ち上がった。
    「待って咲音!行かないほうが良い…」
    亜弥加が止める。
    「どうして?」
    「…皆、もう……」
    「?」
    亜弥加の言葉はそれ以上続かなかった。

    「行っても、後悔するだけだぞ…」

    代わりに咲夜がそう言った。
    「期待しなければ…これ以上傷つくことも無い」
    咲夜は意味深に呟いた。

     

     


    「え…?」

    亜弥加が「行かないで」と咲音のほうを見る。
    ――どういうこと?
    …でも!

    咲音はテラスをあとにした。

    「咲音…」
    亜弥加も立ち上がろうとした。
    「行くな」
    咲夜がそれを止める。
    「お前が行けば…多分、面倒なことになる」
    「………」
    ――咲音……


    ***


    咲音が教室に現れると、クラスメート達が一気によそよそしくなる。最近はいつもそうだった。
    那津希達も居たので、咲音は教室から出て、女子達がトイレに行くタイミングを見計らっていた。

    「あ…」
    女子達が数人、教室から出て、トイレの方向へ向かって来た。
    「あの さ、皆…」
    彼女らは怪訝そうに顔を見合わせる。
    「徳森さんのことなんだけど…私、皆が徳森さんに従わなくなったら、徳森さんも級長じゃいられなくなると思うんだけど…どうかな?」
    女子の一人が首を傾げる。
    「どうって何。…あんたさぁ、なんか勘違いしてない?」

    「!?」

    「確かに那津希は嫌ーな子だけどさ、実際あたし達に被害は無いし。別に不満がある訳でもないのよ」
    「………」
    「そーそ。有栖川さんが何考えてんのか知らないけど、徳森さんには絶対逆らえないよ」
    「有栖川さん達を助けるために何であたしらが那津希に逆らわなきゃいけない訳?」
    「そんなことしたくないよね〜」
    女子達は次々と咲音の期待を裏切っていく。そして…
    「てかさぁ、有栖川さんも馴れ馴れしくあたしらに話し掛けてくんのやめてよ。


    もう友達じゃないんだからさ」



    !!………


    ひどいよそれーとか、だってなんかウザいしとか言いながら、女子達は笑いながらトイレに入っていった。

    咲音は一人立ち尽くしていたが、女子達がトイレから出て来るのを恐れてその場を離れた。
    教室に戻る気にはなれなかった。

    ――『期待しなければ…これ以上傷つくことも無い』

    その時初めて、咲夜の言葉の意味がわかった。


    ***


    亜弥加が咲音と一緒に行けば亜弥加は必ず言い返し、さらに面倒なことになる…
    と考えて行かせなかったが、既に面倒は起こっていた、と咲夜は気付いた。
    5時間目も終わり、6時間目が始まっても、咲音は教室に戻ってこなかった。


    「咲夜ちゃん、咲音探しに行こうよ」
    「…そうだな」
    SHRを抜け出し、亜弥加と咲夜は咲音を探しに行った。

    「どこに居ると思う?」
    「……」
    ――人の少ない所といえば…テラスだろう。
    「こっちだ」
    二人は階段を駆け上がった。


    「咲音!!」

    咲夜の予想通り、咲音はテラスに居た。こちらに背を向けて座り、一人風に吹かれていた。端ギリギリなので、かなり危ない。
    亜弥加に呼ばれても、咲音は振り向かなかった。
    俯く彼女に、二人はゆっくり近付く。

    「亜弥加っ!咲夜ちゃんも!どうしたの?」

    「…へ?」

    いきなり振り向いた咲音の表情は、とびきりの笑顔だった。
    「な、泣いてるかと思ったのに…」
    亜弥加は呆けながら呟く。
    「ん?何で?」
    「何で戻ってこなかったんだよ」
    咲夜が言った。
    「あぁ…はは、ちょっと疲れちゃって…サボっちゃった」
    咲音はクスッと笑うと、立ち上がった。

    「クラスの子には話したの…?」
    「…うん」
    背を向けて歩き出す。

    「やっぱり無理だったよ。でも、しょうがないよね…」
    なおも笑いながら話す咲音。すると、ふいに立ち止まった。

    「もう友達じゃないんだもん、ね…」

    言葉の最後は、声が震えていた。

    「ごめん…ごめんね、咲夜ちゃん」
    咲音は、後ろを向いたまま謝った。
    「!」
    「私…私が泣いちゃったら、咲夜ちゃんが傷つくと思ったから…自分のせいで、私が傷ついてるって、思ってほしくなかったから…」
    しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。

    「これ以上私が悲しまないようにって、離れていってほしくなかったから…」

    「咲音…」

    「何があっても、咲夜ちゃんの前で落ち込んだり、泣いたりしないって、思ってたのに…っ」
    堪えようともがいても、止まらない涙。
    咲夜は一歩踏み出した。
    「咲音」
    咲音は涙を見せることはしまいと、振り返ることをしない。
    「ごめん…本当に、ごめんな。私のせいで、こんな苦しい思いをさせて…」
    咲夜の言葉に、ギュッと目を瞑る。
    ――あなたのせいじゃないの…

    「でも、もうお前から遠ざかることはしない」
    「!…」
    「一緒に、居てほしい。

    …私も、咲音に離れていってほしくないから…」

    「咲夜…ちゃん…」
    咲音は驚きと嬉しさの入り交じった表情で振り返った。
    「だから、今は…
    思いっ切り、泣いていいんだ」


    咲音が目を見開くと同時に、さらに涙が溢れ出した。
    「…うっ…うぅ……っ…」
    咲音の啜り泣く声が、テラスに響いた。


    ***


    「咲夜ちゃんに全部持ってかれちゃったなぁ、あたしが慰めるつもりだったのに」
    咲音が大分落ち着きを取り戻した時、亜弥加が冗談めかしてそう言った。
    「亜弥加…ありがと」
    亜弥加はふっと笑うと、咲音の正面に向き直った。

    「咲音は一人じゃないよ。あたしも咲夜ちゃんもついてる。今はまだまだ弱いかもしれないけど、絶対に良い方向に向かってく。あんたが諦めさえしなきゃね」
    「……」
    「あたしは、他の誰が何と言おうと、咲音から離れたりしない。当たり前よ。そのうち皆だって味方になってくれるから」
    「…うん!」
    咲音はにっこり笑うと、暗くなりかけている空を眺めた。

    この先、もっと辛いこととか、悲しいこととか、色んなことが待ち受けていると思う…
    でも、私達はきっと、諦めない。だから、乗り越えていける。
    今はまだ、太陽はきっと私達を照らしてはくれない。
    でも、いつか必ず近付ける時が来る。
    月が見ていてくれるから…。



         

     

     
     

     

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