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    第2話 クラスの敵

     

    ある日の昼休み、咲夜がまた那津希達に絡まれていた。

    「ねぇ神名さん、数学の宿題やってたよね?写させてよ〜」
    「あたしもー」
    「…他の奴に見せてもらえば良いだろ。いきなり馴れ馴れしくするな」
    やはり咲夜は拒絶する。

    「別に、写すだけだしー?」
    「いーじゃんちょっとくらい」
    カナが咲夜のノートを奪った。
    「お前…」
    咲夜は取り返そうとするが、背の高いカナにノートを高く掲げられると手が届かない。

    ガタンッ

    揉み合っているうちに、咲夜の足が不良男子生徒の机の脚に当たった。
    「うわっ何すんだよてめぇ」
    咲夜はその男子を一瞬だけ強く睨んだ。

    気がつくと、カナ達がいつの間にか咲夜のノートにラクガキを始めている。
    「きゃはは、ウケるッ」
    「表紙にも書いちゃおーよ」

    「うっぜーな、女のクセに」
    男子生徒も悪態をつく。

    「返せ!」


    ――止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ…

    咲音はさっきからその様子を見ていた。

    決めたの、私が止めなきゃいけないって…!



    ダンッ!!



    咲音は、勢い良く両手で机を叩いて立ち上がった。

    一瞬、全ての音が消えた。
    それから、少しずつ教室がざわつく。

    「何、アリスちゃん」
    口を開いたのは那津希。
    「咲音…」
    「もうやめてよ!!」
    咲音は那津希達に向き直って言った。
    「あーあーうるさいうるさい」
    「お嬢様は良い子ぶりっ子ですか」
    「な…
    私はそんなんじゃない…!
    どうして…どうしてそうやって転校生をからかったりするの?咲夜ちゃんが一体何をしたの?」

    「何なの?口出してこないでよ」
    「あんたみたいなお嬢はあたしら庶民とは格が違うんでしょ?」
    皮肉を得意とする那津希が言った。
    「違う!!…仮にそうだとしても…だからって、咲夜ちゃんを助けちゃいけないの!?」
    「………」
    女子達は口をつぐんだ。

    「…もういいよ、咲音」
    咲夜が静かに口を開く。
    「咲夜ちゃん……」
    「意味わかんないわ。呆れた」
    一瞬黙っていた那津希が溜め息まじりに言った。
    「こっちのセリフだ」
    「はぁ?」
    那津希は食い下がったが、咲夜は鼻でわざとらしく溜め息をつくと、席に座った。
    「…カツク……」
    那津希の怒りは膨らんでいく。

    「咲音、あんた、スゴいよ」
    すでにお弁当を食べていた友達が言う。
    「そんなことないよ…」
    咲音は苦笑する。

    ――これで、良かったのかな?
    止められたけど、徳森さんをさらに怒らせちゃったような…

    複雑な気持ちだった。


    ***


    その日の放課後。

    「咲音」
    「ん?」
    咲夜に声を掛けられた。

    「…ありがとう」

    咲夜はすれ違いながら、そう言った。
    「うん」
    振り返り、咲音は笑顔で応えた。
    「あ、今日――」
    一緒に帰ろう と、言おうとしたが、咲夜はすでに行ってしまった。


    咲音と一緒に帰らなかったのは、少し懸念していたことがあったからだ。
    咲夜が、昇降口で靴を取ろうとした時…

    「神名さん」
    振り返ると、あの6人組の1人、神崎茜が立っていた。
    「…何?」
    「先生が呼んでるよ。職員室まで連れてってあげる」
    「………」
    咲夜は違和感を感じたが、一応ついて行くことにした。


    茜が向かった先。やはり職員室ではなかった。
    「おい。ここ視聴覚室だろ?」
    咲夜が言うと、茜はクスクスっと笑った。
    「いいから、」
    言いながらドアを開ける茜。
    「入ってよっ」
    「っ…」
    茜はドンッと咲夜の背中を叩き、教室の中に押し入れた。

    「いらっしゃ〜い」

    薄暗い部屋に、やけに明るい声が響いた。
    声の主は、那津希。周りを見渡すと、茜以外の5人組。茜も中に入って、5人に加わった。各々、机の上に座ったり壁に寄りかかったりしてこちらを見ている。
    まるで愚か者を嘲笑うかのような目で。

    ――予想が当たったか…

    咲音と一緒に帰らなくて良かった。咲夜はそう思った。

    「何のつもりだ」
    とりあえず口を聞いてやる。
    「あんた、マジでムカつく女だからさー…お仕置きしてあげようと思って」
    そして那津希はニヤリと笑った。
    「でもね、許してあげないこともないよ…ここで謝ればね」
    咲夜はフッと笑った。
    「私が謝ると思ってんのか?」
    「さぁね…無理矢理にでもやらせるけど」
    冷酷な笑みを零す那津希。無理矢理にでもやらされるつもりも無かったが。

    「ほら、さっさと土下座しなさいよ。ごめんなさいって」
    かなり嫌みな顔で言う那津希に、咲夜は怒りを覚えた。何が何でもしてやらないと思った。
    咲夜が全く動かずにいると、那津希の隣に居た莉奈が、
    「何ボーっとしてんのよ。自分の立場、わかってんのかっつの!!」
    咲夜の肩に掴みかかり、強引に座らせようとした。

    ――クソ…



    ドスッ!!



    教室に、鈍い音が響いた。



    「うっ…」

    咲夜の右膝が、莉奈の腹に直撃したのだ。
    続けて、咲夜は痛みに腹を抑えた莉奈の首の後ろを右手を払って殴り、莉奈は床に倒れ込んだ。
    悶える莉奈を見ながら、5人の顔色が一気に青色に染まった。
    全員が言葉を失い、一瞬の沈黙が訪れた。

    「…なっ、何すんの、あんた…」
    那津希が目を見開いたまま言葉を拾う。その姿を咲夜は冷酷に見つめた。
    「お前らも、やられたくなかったらここから出てけ」
    その言葉は、棘のように思えた。表には出さないものの、皆がこの転校生に恐怖を感じた。
    だが、ここで引き下がっては那津希のプライドが廃る。
    「やられる?あんた、まだ自分の状況を理解してないんだね!!」
    那津希が咲夜に飛びかかり、ガシッと首を絞めた。どうしても両手両膝を床につかせるつもりらしい。
    「カナ!!茜!!」
    「おうっ」

    ボスが仲間を呼び、咲夜の体は拘束され……る前に、咲夜は右肘で那津希の腹を突き、腕を掴もうとしてきたカナを殴り茜を蹴り、一瞬で3人を倒してしまった。
    それはもう凄まじい、反射神経瞬発力、そして体力だ。
    床や壁に打ち付けられた彼女達は動くことが出来ず、莉奈も未だ立ち上がれなかった。
    喧騒に参加していなかった二人も声を失ってその場に固まっていた。


    咲夜は中央に君臨していた。


    ***


    咲夜が茜に呼ばれた、少し後――

    「あ、有栖川。神名を知らないか?」
    咲音は、彼女らの担任、一部通称コメクサこと米久先生にそう言われた。
    皮肉にも、本当に先生は咲夜に用があったらしい。もちろん那津希らは咲夜を呼び出すために口実を使ったのだが。

    「咲夜ちゃん…ですか?もう帰っちゃったと思うんですが…」
    「探して来てくれないか?至急なんだ」
    至急も何ももう居ないんだって…
    咲音はそう言いたかったが、なんとかこらえた。
    「わかりました、探して来ますね」
    断っても良かったのかもしれないが、人の良い咲音は引き受けた。
    靴があるか確認して、無かったら間に合いませんでしたって言おう。
    どうせ無いだろうと思って咲夜の下駄箱を覗く。

    「あれ…」
    意に反して、そこには咲夜の黒いローファーが堂々と置いてあった。
    まだ帰ってなかったんだ。
    ――しょうがない。

    引き受けた手前、探すしかなかった。
    とりあえず教室に行く。居ない。
    トイレ。人気なし。

    うーん……

    まだこれっぽっちも探していないのに、咲音は頭を捻る。移動教室以外ほとんど教室に居る咲夜の行く当てなど、他に想像出来なかった。
    片っ端から探すしかないか。
    そう思い決めて、2年C組の教室がある3階から順に教室を回って下っていくことにした。
    3階は東校舎には2年全8クラスの教室が並んでおり、渡り廊下を渡った西校舎は特別校舎棟となっている。1階から5階まで、特別校舎棟は音楽室や美術室、準備室などの類で埋まっている。

    3階を全て回り終えたが、咲夜の姿は無かった。もし移動していたら元も子もないな。そう思ったがどうしようもない。
    階段を下り、2階へと到着した。ここは3年生の教室が並んでいる。
    まさか3年の教室には居ないだろうと思い、特別校舎棟から回ることにした。
    渡り廊下の窓からは、夕日が差し込んでいる。もうじき日が暮れるだろう。

    廊下を渡り終え、角を曲がろうとした、その時だった。


    ガタンッ!


    何かが壁にぶつかるような、あるいは何かが倒れるような派手な音が、奥から聞こえた。
    咲音は一瞬ビクッとして立ち止まる。

    ――…何の、音?

    次の瞬間、さっきと同じような音が、今度は立て続けに聞こえた。
    これはただ事ではない。
    咲音は少し迷ったが、音が聞こえてくる教室へと足を踏み出した。

    それは、視聴覚室だった。
    近づいていくと何か声が聞こえてきた。何を言っているかはよくわからない。

    何度も葛藤した末、意を決して扉を開けた。

    ガラ…


    「――!!!」


    咲音の目の前に、とんでもない景色が飛び込んできた。


    「あ、あ、あの…」
    もはや呂律が回らない。目の前の状況処理に、頭が追いつかなかった。
    4人の女子が痛みを堪えながら倒れている。教室の隅には、怯えて固まっている女子が2人。
    そして、その中心に佇んでいるのは――咲夜。
    「咲音…」
    まだ混乱が解けていない咲音の耳に、咲夜の声が入り込んだ。
    それとほぼ同時に、
    「有栖川〜?」
    という、米久先生の間延びした声が外から響いた。
    ――まずい!!
    咲音はとっさにそれだけ判断した。近づいてくる足音が、咲音を直感的に動かす。
    「咲夜ちゃん!!」
    咲音は瞬時に咲夜の腕を掴んで、教室の外へ引っ張り出した。
    「っちょ…」
    ピシッ!!
    戸惑う咲夜をよそに、勢い良く扉を閉めた。

    おー神名、こんなところにいたのか。そう言う先生の声が聞こえた。
    先生が咲夜に何の用があったのかは知らないが、とにかくこれで咲音の役目は終わった。
    そして、気付いた。

    あ。

    まずい、勢いで自分まで中に入ってしまった。背中に視線を感じる。
    「………」
    咲音はゆっくりと振り返った。
    「何やってんのよ、アリスちゃん」
    那津希の言葉に、思わずビクッとしてしまった。
    「あんたが何でいきなりここに来たか知らないけど…」
    言いながら那津希は静かに立ち上がった。咲音も何で自分がここに入ってしまったか知らないのだ。
    「昼休みのこと、覚えてるよね?」
    「………」
    やっぱり…昼休みのこと恨んでるよね。恨んでますよね。恨みますよね。
    咲音の体は固まったまま、顔だけが蒼白を帯びた。

    咲音が口を開かずにいると、また那津希が話し出した。
    「…やっぱりね。あんた、本当はあたしらに逆らえないんじゃない」
    う。
    この言葉にはグサッと来る。反論が出来ない。
    皆が近づいて来て、咲音は取り囲まれる形になった。

    「ただ皆の前で良い子ぶってただけじゃねーの?」
    カナも咲音を罵倒した。
    「弱い弱いにんげ〜ん♪」
    茜が歌うように言う。かすかに笑いも含まれていた。
    「咲夜ちゃんを助けたいって?そんな生ぬるいこと言ってる奴が、強い訳ないじゃない」
    那津希の一言に、咲音は完全に下を向いてしまった。歯を食いしばる。言い返せない自分が悔しい。
    ――さっきはあんなに勇気出たのに…何で……

    「とりあえずあんた、超ムカつくからさぁ、覚悟しときんな」
    そい言い残して、那津希らは視聴覚室を出ていった。
    咲音は一人、教室に取り残された。


    ***


    咲夜が米久先生との話を終えて視聴覚室に戻る途中、不運なことに那津希達とすれ違った。
    咲夜は睨み付けていたが、那津希はすれ違い様にふっと笑って言った。
    「覚えてろよ」
    復讐の、合図だった。


    「か…は……」
    咲夜が視聴覚室に戻ると、咲音がふらふらと教室から出てきた。何やら危ない雰囲気だ。咲音は咲夜を見ると、その場に座り込んだ。

    「大丈夫か?咲音」
    慌てて駆け寄る。
    「咲夜ちゃん…私……」
    泣いてはいなかったものの、精神的にかなり参っているようだ。
    「あいつらに何か言われたのか?」
    「うん…もうボロボロだよ」
    咲音は苦笑した。
    「あたしらに逆らえない弱い弱い人間だとか、生ぬるいこと言ってる奴が強い訳ないとか…
    私、もう自信無くなっちゃった…」
    「………」

    咲夜は、ゆっくりと咲音の肩に手をおいた。咲夜のぬくもりに触れ、なんとなく心が落ち着いてきた気がした。
    「咲音。お前は、強いよ」
    ――そんなこと、ないんだよ。本当に……
    咲音は微かに首を横に振った。

    「ごめんね、私余計なことしちゃったみたいで…そのせいで、咲夜ちゃん…」
    そこで咲音はハッとする。
    「あ、咲夜ちゃん大丈夫だったの?さっき凄い音がして…それで行ってみたんだけど」
    「あぁ…私は大丈夫だ」
    「何があったの…?」

    「…無理矢理土下座させられそうになったから…やっつけた」

    ――は?
    咲音の動きと思考回路が停止してしまった。
    “ヤッツケタ”?
    とりあえずの処理事項は、「久しぶりに聞いた言葉だな」。

    「な、殴った、の?」
    止まっていた口を動かす。何をすればあんな凄い音が鳴るんだ。
    「まぁな」
    咲夜は普通に肯定した。咲音は唖然とするばかりである。
    「すごいなー…私には出来ないや…」
    「ごめん。引くよな、暴力ふるう人間なんて」
    咲夜は少し苦笑して言った。どこか寂しげな雰囲気を纏っている。
    「そんな――」
    「1つだけ言う。私があいつらに呼ばれたのは、お前のせいじゃない」
    そう言うと、咲夜は立ち上がって歩き出した。

    ――待って…
    私、咲夜ちゃんに近付きたくないなんて思わないよ…!
    だから、待って…!!



    「咲夜ちゃん!私、引いたりしてないから!!」

    咲音の声に、咲夜は歩を止めて振り返った。
    「凄いなって思ってる…
    咲夜ちゃん、あんな席なのにへこたれなくて…徳森さん達に何言われても、言い返したり、今だってやっつけちゃうし…
    本当、尊敬してる」
    「咲音…」
    「咲夜ちゃんは、強いから…私なんか、何やってもムダかもしれない、けどそれでも、咲夜ちゃんの助けになりたいって、思ってるんだよ。だから、1人で背負おうとしないで…」
    きっとムダじゃないって、信じたいから…
    あなたに、笑ってほしいから。

    咲音が立ち上がるにつれて、意志も比例するように強くなる。
    「私なんか頼りにならないかもしれないけど…何かあったら、いつでも言ってね」
    「…私、なんか……」
    「良いの」
    咲音は優しく微笑んだ。

    「当たり前だよ。友達なんだから」

    「!……」

    ――巻き込んで、しまった。自分のせいで。咲音は那津希達に確実に目をつけられた。その理由は、紛れもなく、自分を助けたせいだ。
    だから、自分から遠ざかろうとした。もう関わらなければ、咲音を傷つけることは無いと。でも、彼女は…
    「ごめん、ありがと…」
    咲夜は、謝罪と感謝の言葉を並べた。咲音はニコッと笑った。


    ***


    カチッ


    少女の目の前には、一台のノートパソコンがあった。今開いたホームページは、「紅城高校裏サイト」。
    少女は、そこの掲示板に書き込みを始めた。

    『受刑者
    2年C組 神名咲夜
    有栖川咲音
    罪内容
    暴力行為及び他生徒への侮辱

    よって、この2名をクラスに危害を加えるものと見なし、排斥することを請求する。
    逆らう者や、受刑者に荷担するものは、同罪と見なす。

    以上 制裁者』


    そして、書き込みボタンを押した。



         

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